ベスト、ジレ、チョッキ、ウェストコートについて学んでみよう
基本的にはインナーシャツとアウタージャケットの間に着る袖のない中衣をフランス語でジレ【Gilet】と呼んでいます。英語ではウエストコートと呼び、アメリカではコレをベストと呼びます、イタリア語ではパンチオットと呼び、日本ではチョッキ(ジャケットの発音が訛ったもの)と呼ばれています。
言葉としてはジレとベストに大きな違いはありません
ベスト(vest)とは、身体にピッタリとした胴着の一種で、丈が短い袖なしの衣服を言います。ただし、ベストの呼び方や形状は、国や時代によって異なります。歴史をたどると本来のベストは、下着(シャツ)と上着(コート/ジャケット)の間に着る中衣(ちゅうえ)のことで、袖のあるダブレット(doublet)という衣服がもとになっています。ダブレットとは、14世紀から17世紀ごろまで用いられた首から腰を覆う前閉じシャツのことです。当初は貴族や軍人が鎧の下に着るため上半身全体に密着して作られていましたが、その後庶民に広がり、18世紀後半には袖なしの衣服として普及し始めます。その後、1860年頃に共布(ともぎれ)によるジャケット・パンツ・ベストの3つ揃えの衣服「ラウンジスーツ」ができました。つまりベストは、初めからスーツに含まれる大切な衣服だということです。現在はツーピーススーツが一般的に広まったため、ベストはスリーピーススーツに備わった特別な衣服と認識されています。
このように、スリーピーススーツとして作られたベストを「スーツベスト(suit vest)」と言います。
一方、スーツとは関係なく単体で作られたベストは、「オッドベスト(odd vest)」と言います(オッドウエストコート、変えベスト、変わりチョッキとも言う)。
オッドベストは、色柄や生地、デザインの決まりはなく、中でもカジュアルな色柄や生地で作られたデザイン性を持つベストは「ファンシーベスト」と呼ばれます。
近年は「ジレ」という名称をよく聞きますが、ベストとジレに何か違いはあるのでしょうか。
最初にも書きましたが…
アメリカ英語のベスト(vest)フランス語で「ジレ(gilet)」イギリスでは「ウエストコー(waistcoat)」イタリアでは「パンチョット(Panciotto)」または「ジレ(gile)」と、国によって呼び方が変わるだけですちなみに、フランス語にも「ベストゥ(veste)」という言葉がありますが、こちらはジャケットなど一般的な上着を意味します。
ベストとジレに意味の違いはなく、同じものを指します。最近”ジレ”と聞くようになったのは、アパレル業界特有のキーワード打ち出しでしょう。もちろん、ウエストコート、パンチョットも広義ですべて同じアイテムを指します。ファッション雑誌ではジレ表記を多く見かけますが、会話などではベストの使用頻度が高く、ジレが一般的に普及している用語とは言えません。そのため、無理にジレという言葉を使う必要はありません
ベストの種類はスーツベスト・オッドベストという分類以外に、シングルベスト・ダブルベスト、襟付きベスト・襟なしベストという種類に分けられます。もっとも一般的なベストは襟なしシングルベストで、襟がつくと装いがクラシックになります。スリーピーススーツやベストを取り入れたスタイルに対して、「年齢的にまだ自分には早いかな……。」なんて思っている人は、実際にベストの種類を見比べると考え方が変わるかもしれません。ちなみに、襟付きベストのラペル型はスーツジャケット同様、ノッチドラペル、セミノッチ、ピーク、ショールカラーなどがあり、やはりラペル型によっても着こなしの雰囲気は異なります。
1.襟なしシングルベスト
このようにスーツスタイルにベストを着用すると、ベストでシャツが隠れる分だけVゾーンの表情が締まります。大人っぽい余裕を持った着こなしをしつつ、タイトな着こなしを作ることができます。
2.襟付きシングルベスト
襟が付いたベストを「ラペルドベスト(lapeled vest)」と言い、スリーピースとして着用することで、クラシックな英国調に仕上がります。単純な襟なしベストに比べて胸元に立体感があるため、より上半身の大きさが強調された男性的なシルエットに見えますね。
3.襟なしダブルベスト
襟なしダブルベストは、シングルよりも重厚感が増しますが、ジャケットのボタンを閉じるとベストのボタンが見えないため、その分雰囲気が少し軽くなります。せっかくのダブルベストを活かしたい場合は、ジャケットのボタンを外した方が良いでしょう。
4.襟付きダブルベスト
ダブルベストに襟があると、さらに重厚感が増します。襟付きダブルベストを着こなすには、年齢など全体の見た目も重要です。年齢が若い場合はジャケットを脱ぐか、パンツで外して軽さを加えるなどの一工夫が必要かもしれません。
スーツスタイルで ベストを着るメリット
ベストを着用したスーツスタイルやジレパンスタイルを実際に見てみると、「何だか堅苦しい。」「自分にはまだ早い。」と思っていた人も、意外と気軽に着られる衣服だとわかるはずです。ではより具体的に、スーツスタイルでベストを着るメリットについてお話しましょう。
メリット1.伝統的なマナーが守られる
前述した通り、ベストにはもともと袖があり、その下に着るシャツは下着だと認識されていました。1900年代に現在の下着の原型が登場し、アメリカで半袖シャツや色付きシャツなどが開発・普及されるまでは、ベストはおしゃれな衣服ではなく、人前でシャツ姿になることを避ける必須マナーだったわけです。
元々ヨーロッパではシャツは下着を意味し、現在の下着が登場するまでは今よりも長いシャツテールを前後でボタン留めして、下半身を覆っていました。この名残が現在のシャツの形に残っています。
もちろん、現在はドレスシャツが定義され、ツーピーススーツが主流になったため、シャツを見せる基準は緩やかになりました。とはいえ、見せびらかすものでもありません。ジャケット着用がドレスマナーのお店もたくさんありますそのため、やはりベストを着ている方がスマートです。スーツは伝統的なマナーを守ることで、着こなしに重みが加わります。
メリット2.スタイリッシュに見える
ベストを着るとスタイリッシュな装いに見えるのは、男性的な上半身を作り、力強さと威厳を醸し出せるためです。たとえば、ベストを着込むことでVゾーンに立体感が生まれます。このコンストラクティブな(構築的な)立体感が男性らしさ、力強さに繋がります。英国スーツが芯地にこだわり、上半身の立体的なシルエットを大切にするのは、より力強さを協調するためです。また、ベストはスーツと共布のため、身体にピッタリしていても体型を隠し、引き締まったシルエットに仕上げてくれます。
メリット3.寒暖の調節がしやすい
冬場スーツの下に袖付きニットを着る人がいますが、体型に合ったスーツに袖付きの衣服を着ると、腕周りの可動を制限してしまいます。反対に、体型に合ったスーツの懐部分にはある程度の余裕があるため、本来は袖なしの衣服で寒暖の調整をすることが理にかなっています。
スリーピーススーツにサスペンダーは必須?
これまでベスト(ジレ)に興味がなかった人は、何となく良さがわかってもらえたでしょうか。なお、英国調スーツの伝統を守るなら、スリーピーススーツにはサスペンダー(ブレイシーズ)が必須という意見を聞くことがあります。私も以前はそう思っていました。「スリーピーススーツを着るなら英国調を意識したい。だったらサスペンダーが必須だけど、年齢的にまだ早いかな。」ベストの役割やメリットは知っていましたが、”サスペンダー必須”という思い込みで敬遠していた節があります。ただ、スリーピーススーツがツーピーススーツに簡略化されたように、シャツという下着がドレスシャツという衣服になったように、30歳を過ぎてようやく、スリーピーススーツのパンツにベルトループがあるのも簡略化・機能化の流れなのだと思えるようになりました。伝統やマナーを外れた装いが、時間の経過によってよしとされる境は曖昧です。そのため、敬意を払ってスーツを着たい人は、正統派のクラシックな英国調に則ってサスペンダーにこだわれば良いでしょう。そうでない人は、スリーピーススーツの歴史を頭の片隅に持ちつつ、ベルトループが付いたパンツでベストの装いを楽しむと良いでしょう。わたしも何年か前からサスペンダーを使っていますが、慣れればこれはこれで良い物だと思えるようになりました。